ピピ、ピピという電子音特有の耳障りな音でようやく目が覚めた。
もう15時か……。やっぱり昨日は飲みすぎたな。
途中からの注ぎ足しのせいで、何杯飲んだのかもはっきりしない。
Andyに行ったのが2時過ぎだから……
よくよく思い返して見ると、2時間ちょっとの滞在で、オーダーした酒が5杯。その後注ぎ足しでどれだけ飲んだかは不明。
けっこういいペースで俺も飲んでた
らしい。
しかし、あの清瀬って子。
あれだけ飲んだ後で、帰りにどこか寄ろうかな、なんて言ってたな。確実に俺より酒強いな。
まだ少し酔いが残ってる頭でそんなことを考えながら、熱めのシャワーを浴びた。
『冷蔵庫にチャーハンありますよ』
母のメモの通り、冷蔵庫の中にチャーハンを見つけ、レンジで温めている最中にまた清瀬のことを考えている自分に気がついた。
だめだ、しっかりしろ。
思い浮かんだ清瀬の顔を追い出すように頭を振った。
今日は初っ端から結婚式の2次会で貸切だ。準備に時間がかかるだろうから、少し早めに出勤しよう。
18時に予定通り、2次会が始まった。
始まってしまえば、あとはただこなすだけだ。
普段の営業と違い、2次会の場合は、進行状況に合わせて動かなければならないが、それを除けば正直言ってやっつけ仕事だ。
仕事としてはあまり俺は面白いとは思えないが、それでも来る人みんなが祝福ムードなのはこちら側の気分を好くさせることも確かだ。
終った後の食べ残しと飲み残しの多さに辟易することも確かだが。
通常営業スタートの21時にはなんとか間に合わせたが、日曜日の早い時間に貸切が入ってれば、その後の客の流れはあまり見込めない。
22時過ぎまで結局一人も客が入らなかった。
そして、ようやく最初の客は……
店長のいらっしゃいませの声が途中で途切れたあと、おーっという驚きの声が続いた。
「おひさしぶりです」
振り返った先にいたのは、清瀬だった。
「紗月ちゃん、久しぶりだねー。髪のびたねー」
「小林さん、それって数年ぶりに会って言う言葉じゃないと思う……」
……たしかに。
小林さんは、どこまでが本気の発言かさっぱりよめない人だ。
清瀬がこちらに気が付き、小さく手を振ってきた。
いくら他に客がいないとは言え、カウンターの中から手を振るのもどうかと思い、会釈で返す。
「あれ?相良のこと知ってたっけ?」
「はい、昨日知りました」
おいおい、それってはいと答えるとこではないんじゃないか?
カウンターの端の席に着いた清瀬にお絞りを手渡す。
「昨日って……、相良、Andyに行ったんだよな?」
「あ、はい。そこで」
「昨日も飲んでたの?」
「飲んでましたけど、私今Andyのスタッフです」
なぜかとても嬉しそうにニコニコしながら清瀬が小林に答えた。
「えっ、そうだったの!?」
「そうですよー。もう、相良くんちゃんと伝えてくれなかったのね」
目を細め、唇を尖らせて清瀬が文句を言う。
「え?何を?」
「なにをって……、小林さんに宜しく伝えてねって言ったじゃない」
あ。すっかり忘れてた。
でも、普通そんなよろしくって言うのって、あんまり実行されないことだと思うんだけど。
「ごめん、忘れてた」
一応謝ってみる。
「あ、いいよいいよ。こっちこそゴメン。今日来れたし、会えたし」
へへーっと笑いながら、ねー、と小林を振り返る。
小林もそれにあわせ、ねー、と頷きながらこちらを見てくる。
「なんだよ、それ。小林さん気持ち悪いですよ」
俺の憎まれ口に小林さんがニヤニヤ笑った。
それを無視して、彼女にオーダーを伺う。
「あ、ビールで」
迷わず答えた彼女の注文がビールというのが少し意外だった。
「飲み始め?」
「うん。昨日あのあと飲みすぎたから、ビールでウォーミングアップ!」
張り切って答える彼女にビールを渡す。
「ウォーミングアップじゃなくて、迎え酒じゃないの?」
「……そういう表現のしかたもありますね」
にやっと笑いながら清瀬はタバコに火をつけた。
タバコを吸うのも意外だったけど……
「セブンスターかよ。男前だな」
「よく言われます」
その顔はやっぱり未成年にしか見えない。
かといって、子供が生意気にタバコ吸ってるような感じがしないのは、やっぱり成人しているからなのか?
その後パタパタと入店が続き、やっといつもの店内の雰囲気になってきた。
そっと清瀬の様子を観察してると、周りをよく見ている事に気がつく。
こちらのオーダーが詰まっているようなタイミングでグラスを空けることがない。
注文の際も、声を上げることなく、そっとグラスを差し出す。
こちらをよく見てるからこそ、目が合うタイミングでこんな風にできるのだろう。
気を遣わせてしまってるなと申し訳なく思ったが、それは違ったようだ。
たぶん、ごく自然にそういう風にしてるのだろう。
周りを気にして伺っているようには見えない。よく見ているというより、見えてるんだろうな。
その後、カウンターに常連の女性が座ると、どうしても俺はその人の相手をしなければならなくなり、清瀬のことは放っておきがちになってしまっ
た。
話の区切りがついたところで、そっと彼女を見ると、いつの間にか彼女は読書中だった。
小説か?
読書中に声かけるのも躊躇うな……
そう思った矢先、彼女はパタンと本を閉じると、グラスの残りを空け、こちらを見た。
絶妙のタイミングに、声をかけようとした俺に先回りして彼女が言った。
「お会計お願いします」
「え?」
間抜けな声が出た。
「ご馳走様でした」
そう言われハッとする。
「あ、帰るの?」
「ううん、移動するの」
にっこり言われたらこちらは何も言えない。
……あんまり喋れなかったな。
残念に思ってる自分に気がつく。
……だめだ、しっかりしろ。
家にいたとき思った事をもう一度繰り返していた。
数えやすいように少しずらして重ねられた札を受け取る。
「ね、エルヒターノって知ってる?」
「ああ、結城さんとこ?」
「あ、知ってるんだ。じゃ、後でね」
清瀬がふふっと笑う。
おい、あとでって……
「結城さん、誕生日だから。よかったら」
そう言って彼女は席を立った。