出会い - Keito Side - : page 04

 昨晩も思ったことだったが、清瀬はよく笑い、よく話す子だった。そして、よく飲む……
「結城さん、おかわりー」
 もう何杯目となるか分からなくなってしまったオールド・クロウのソーダ割りを頼んだ。その頬は酔って桜色に染まっている。
「まだ飲むのか……?」
「まだまだー」
 照明を落とした薄暗い店の中でもその頬の色づきや、目元が緩くなっているのが見て取れる。
 女が酒に酔う姿はみっともないと今まで思っていた。でも、なんだ か清瀬は可愛かった。俺の他愛もない話に大きく頷き、楽しそうに笑う。
「結城さん、俺にもお願いします」
 俺の記憶はここまでだった。
 頭痛いな……
 目覚めてまず最初にそう思った。二日連続で飲み過ぎた……二日連続……?
 そうだ、昨日はエルヒターノに行って。清瀬に合わせて飲んでたら……覚えてない。とりあえず今何時だ?
 携帯電話を探す。普段は目覚ましとしても使っているから、枕元においているはずなのに見当たらない。昨日着ていた洋服のポケットを探る。
 ない……
 失くしたか……?
 昨日の記憶を辿ろうとするも、エルヒターノを出た記憶すら残っていない。覚えているのは清瀬と並んで話していたということだけ。
 仕方ない、電話は後回しだ。
 部屋の時計で時間を確認すれば、もう16時近い。早く用意をしないと遅刻してしまう。
 熱めのシャワーを浴びる。毎日この繰り返しだ。しばらく飲むの控えるかな……
 あって当たり前になってしまった携帯電話が手元にないとなんとなく落ち着かない。普段それほど使うことは少ないくせに、いざ失くなると不安になる。
 いや、どっちにしたってそんな重要な連絡なんて滅多にないし。
 シャワーを浴び、幾分すっきりした頭で考える。
 今日はまっすぐ出勤しなければ間に合わない。買い換えるにしても明日になる。
 そう思いながらも、出勤途中にすれ違う携帯電話を扱っている店舗をつい振り返ってしまう。ただ出勤の時間がせまっていることもあり、結局素通りした。
 月曜日はなぜか意外と混み合うことが多い。次々とオーダーされるビールやカクテルを作っているうちに携帯電話のことは忘れていた。
 それなのに、なぜか清瀬の顔は思い浮かんだ。店の中にいる酔って酒を飲んでいる女と比べてしまっている。
「昨日、だいぶ飲んだのか?」
 小林の声に手が止まった。
「ああ……、けっこう飲みまして。携帯なくしました」
 俺の言葉に呆れた笑い顔を見せる。
「そりゃやらかしたな。紗月ちゃんは?」
「いや、それが店出た記憶もちょっと……」
 よく一緒に飲む機会がある彼は自分の酒の癖をよく知っている。またか、という顔をしてその場を離れた。
 月曜日は混み合ったとしても、やはり週の頭ということもあってか、引きが早い。片付けもスムーズに進み、閉店時間の少し前に店を出た。
 今日は飲まないで帰るか……でも、エルヒターノに携帯忘れてきたってことも考えられるよな。
 エルヒターノに向かうか、帰るかで少し悩む。
「相良くん!」
 突然うしろから呼びかけられ驚いて振り返る。
「清瀬さん……」
「よかった、会えて」
 少し息を切らせながら、清瀬がニコニコ笑っている。
「昨日、ちゃんと帰れた?」
「あ、いやー。帰ったは帰ったけど。ごめん、俺あんまり覚えてなくて。あ、金払った?」
「やっぱり覚えてないんだ。お金はちゃんと払ってたよ」
 可笑しそうに笑う清瀬が「はい」と手を出した。
「あ」
「これ預かっててって。昨日忘れてるよって渡そうとしたんだけど……」
 思い出し笑いなのか、くすくす笑いながら、出された手には俺の携帯電話があった。
「預かってろって言うし、ポッケに入れようかなって頑張ったんだけど、うまく入れられなくて」
「……ごめん」
「いーえー。なんでそうなったのか私もよく分からないんだけど。朝持ってこようかと思ってたんだけど、ちょっと時間なくて。今日ラストまでって言ってたか ら間に合うかと思ったんだけど、お店もう閉まってたから」
 まだ少し息が上がっている。
「走ったの?」
「うん、ちょうど後ろ姿が見えたから。歩くのはやいねー」
「ごめん、ありがとう」
「ううん、追いついてよかったー」
 屈託なく笑うその姿にとくんと一つ心臓の音が高くなったような気がした。
「今日は帰るの?」
「え?」
「まっすぐ帰るの?」
「あ、ああ。エルヒターノに忘れたのかもって思って行くかどうかちょっと迷ってたんだけど」
「そっか、やっぱりそう思うよね。迷ってたって割には歩くの早かったね」
 見透かされたようで、少し恥ずかしくなった。実際、迷いながらも足はエルヒターノに向いていた。
 もしかしたら清瀬もいるかもしれないという期待もあった。
「まあ、もう向かってたようなもんだね」
「やっぱりー」
「清瀬さんは?」
「私?もしかしたらエルヒターノに行けばいるかなって思って、ここで追いつけなかったら行ってた」
「そうか。で?」
 これから行くのか行かないのか知りたかった。
「んー。相良くんに会えたし。どうしようかな。相良くんは?」
 聞き返されて、答えに詰まる。
「ね、この時間エルヒターノ以外でどっかある?」
 すでに時間は午前5時を回っている。atticは5時までだし……
「1394、知ってる?」
「……名前だけは。3丁目の方よね?」
「そう。あそこなら8時までやってる」
「よし、じゃあ、そこ」
 俺の顔を見上げて清瀬がにっこり笑う。夏の朝の陽射しに照らされ、やけに眩しかった。

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