出会い - Keito Side - : page 05

 店自体は年中無休で営業しているが、スタッフはシフト制で休みを回している。俺の休み は 毎週水曜日だった。週に1度しか休みがないが、そのかわり休みの前日、火曜日は早く上がれる。
 火曜日は1時上がり。状況によって遅くなる場合もあるが、たいてい残業もなく帰ることができる。そして、その火曜日はAndyに行くことが定番になっ た。
 そして、清瀬もまた週に1度はazzurroに顔を出してくれていた。俺もたいてい仕事上がりにどこかによって酒を飲んで帰っていたが、清瀬も同じだっ た らしく、むしろなぜ今まで出会っていなかったかのほうが不思議でならない。
 今まで一度も会わなかったくせに、今度はやたらと会う。週に1度の互いの店への行き来の他に、他のお店でも偶然居合わせたりして、週に3、4度顔を合わ せ ることも珍しくなかった。
 同業者に女性は多く無い。学生のバイトとかはたくさんいるが、本職として働くとなると、男だってキツイと音を上げ辞めていく者も多い。夕方から出勤し、 朝 までの勤務。力仕事も多い上に、12月の繁忙期には休みなんてものはなくなる。バーテンダーという響きに憧れて始めるやつも多いが、大半は学生のバイトの うちに辞めていく。
 それだからか、どこの店に行っても清瀬はとても可愛がられていた。見た目もあるだろう、小柄で童顔。よく笑い、よく飲む。お前の酒なんか入ってるんじゃ な いの?と聞きたくなるくらい、いつも楽しく酒を飲んでいた。
 もう俺は自分の気持ちには気がついていたけど、それは表に出せない。
 清瀬がどんな子はもう十分にわかっている。だからこそ、あの笑顔が、あの声が自分だけに向けられているものではないとわかる。自分が特別じゃないんだ と。
「ね、相良くんは彼女とかいないの?」
 今日も上がったらAndyに行こうかなと考えていたら、最近よく来るようになった女性客に話しかけられハッと我に返る。
「彼女、ですか?」
「うん、いないの?」
「はい、いないし、いらないです」
 彼女が最近よく来る理由が自分にあると気がついていた俺は、あえてそっけなく答えた。
「え、なんでえ?」
 語尾を伸ばし、媚びるような視線を送るその姿に虫唾が走る。清瀬も誰かにこんな視線を送ったりするのだろうかと思い至り、その思考を振り払うように頭を 振った。
「もしかして、女じゃないほうがいいとか?」
 頭を振った姿をどう思ったのか、そんな質問を重ねてきた。
「そう思っててもいいですよ」
 自分はストレートだけど、別にどう思われてもいいやと思い、そう答えた。
「そうなのー!?」
 逆に興味を深めたような様子にうんざりする。今の言い方はあいつらに失礼だったな、と彼氏持ちの男友達の顔がいくつか浮かんだ。
「こんばんは」
「お。紗月ちゃん、いらっしゃい」
 そのやりとりに目を入口の方へ向けた。清瀬と小林が立ち話している。その清瀬がこちらに顔を向け、にっこり笑った。とたんにその場を包む空気が明るく なっ たように見える。
 清瀬の笑顔にはなんだかパワーがある。周りを暖かく、明るく包みこむ。
「いらっしゃいませ」
 先程までの話を中断できたのが清瀬のおかげだと思うと、いつもより更に愛想もよくなる。手渡されたおしぼりを受け取り清瀬が微笑む。
「こんばんは」
 ビール?との問に、うんっと頷き、いつものように笑顔を見せる。さっきまでの妙にいらついた気分はどこかへ行っていた。
「今日休み?」
「ううん、暇だったから、早上がりなの」
 そう言って口にしたビールが半分に減った。
「なに、喉乾いてたの?」
「うん、話好きの人が居て、ずっと喋りっぱなしだったから」
 へへっと、いたずらが見つかった子供のような顔で笑った。
「そう、それでお誘い。今日、相良くんも早上がりの日でしょ?」
「お誘い?」
「うん。あ、用事あったり、Andy行くつもりだったりとかならいいんだけど……」
「いや、特に決めてるわけじゃないから……」
「よかった、じゃあ、attic行かない?」
「緑川さんとこ?なんかあるの?」
「うん、七夕イベントで今日は篠森さんも入ってるんだって。しかも半額なの」
「半額って思い切ったな」
「でしょ。でもね、カップル限定なんだって。男女の組み合わせじゃないとだめよーって緑川さんに言われて。意地悪だよね、そんな相手いないの知ってるくせ にわざわざそう連絡よこしたんだよー」
 ぷうっと膨らました頬に触れたくなる。
「清瀬なら、誰誘っても行ってくれるんじゃない?」
 カップル限定のイベントに俺を誘う真意を探りたくなる。
「そんなことないし。それに誰かと一緒に飲むなら、一緒に飲んで楽しい人がいいもん」
「それで、俺?」
「うんっ」
 力いっぱい頷くと、長い髪が波打った。その髪に指を通してみたくなる。一緒に飲んで楽しい人……十分だ。それ以上を求めてはいけない。
 清瀬の『女』はみた くない。そう思うのに、みたいと思うもう一人の自分もいる。俺だけにその笑顔を向けろと。
「いいよ、俺あと30分くらいで上がりだから、そのまま飲んで待ってて」
「ありがとう」
 残りのビールを飲み干すと、グラスを少し上げて目配せした。清瀬と話している間もずっと感じていた突き刺さるような視線を無視しながら頷き、おかわりの ビールを差し出した。
「相良くうん、おかわり」
 グラスが空いていたのは分かっていたが、割り込みされたような嫌な気分が俺の中に広がった。かしこまりました、と必要最低限の営業スタイルで愛想笑いを 返 す。
「珍しいですね、おかわりするの」
 若干の嫌味を込めて、マリブダンサーを差し出す。ココナッツの香りが女の香水と混ざって更に甘ったるくなった。
「だってー」
 そう言いながら、物言いたげに清瀬に視線をやる。その様子にほとほと嫌気がさした。
 いつも一杯の酒で2時間もいるこの女は、カウンターにひとりで来る女性 客が自分だけじゃないと気が済まないらしく、俺を独占したがる。そのくせ、ひとりできた男性客にはかまってほしいようで、話しかけられると嬉々として答え ながら俺に意味ありげな視線をよこす。
 女の視線に気がついたのか、清瀬がこちらを見た。一瞬、戸惑ったような表情を見せたが、すぐににこやかに会釈した。
 そうだ、清瀬はこういう子だ。誰をも嫌な気分にさせないようにする。ただ、そのことが俺の気分を嫌にさせるとは知らないだろう。
 にっこり返された会釈に、 逆におんなが面食らったような顔をしている。曖昧な笑顔を貼り付けてからぷいっとそっぽを向いた。
 その女の態度に清瀬がちょっと困ったほうな顔を見せた。
「じゃ、俺あと途中日報書いて上がるから待ってて。なんか飲んでる?」
 何か言いたそうな清瀬を遮って俺がそう聞くと、ちょっと考えた後、若干諦めたように笑った。そう、お前に困った顔は似合わない。
「うん、エライジャ・クレイグください」
「ロック?」
「んー、ストレートで」
 苦笑が漏れる。まったく、本当にこいつは酒が強い。
「じゃ、待ってて」
 そう言い残し俺はカウンターを出た。女の視線が絡みついたが、それは無視した。もともと自分の個人的な客じゃない限り、早上がりの際にいちいち挨拶した り することはない。
「あと途中入れて上がりますね」
 そう声をかけ、事務所にはいろうとした俺を小林が呼び止めた。
「おいおい、相良くん。紗月ちゃんを変なことに巻き込むなよ」
 ニヤニヤ笑う小林を軽く睨む。
「なんですか、変なことって」
「いや、横川さん。けっこう有名人だから」
「有名人?」
「そう。気に入ったバーテンダーは落とすまで。なんの仕事してるのか知らないけど、乗ってる車はジャガーで、着ている服もあれだろ。ついたあだ名は女豹」
 なんだ、それ。
「あれに落ちるバーテンダーもたいしたことないと思いますけどね。あんな香水臭い女」
「ま、たしかにな。でもちょっと面倒な人だから、気をつけろ」
 軽く手を上げ、事務所に入った。
 女豹って……暇人もいるもんだ、そんなあだ名まで付けて。いや、あの女のことはいい。さっさと日報を終わらせよう。

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