フォーリンラブ - Satsuki Side - : page 02

 title[ごちそうさま]
 受信したメールの差出人を見てため息をついた。
 本文[今日もありがとう。紗月ちゃんと話してると楽しくて時間忘れちゃうよ。]
 とりあえず目をとおして、携帯をたたんだ。受信履歴を確認すれば、同じ差出人からのメールで埋め尽くされている。多いときは一日に20通以上のメールが 届く。内容はすべて他愛もないものばかりで、どう返信すればいいのか悩む。
 最初のころは何度もメールが届くようなことはなかったから、一つ一つにきちんと返事していたが……
「どうした?」
 松田に声をかけられ、ハッとして顔を上げた。
「いえ、なんでもないです」
「そうか?」
 あまり納得していない様子ではあったが、まあいいかと更に追求することはなく松田は帳簿をつける手をまた動かし始めた。
 ……発注、さっさとやろう。
「松田さん、樽、どうしましょう。2つとります?」
「あー、どうすっかな。今残りどんくらい?」
「微妙な量、ですね。あと2、3杯とれる、かなあ」
「じゃあ、2つとるか」
「はーい」
 発注表に書き込み、FAXで送信する。その最中にまた携帯がなった。差出人はまた同じ人だろう、そう思って放っておく。
「電話、なってるぞー」
「あ、はい」
 松田に手渡され、仕方なく確認する。
 ……やっぱり。
 [ただいま家に到着。今日も暑くなりそうだよ。紗月ちゃんが帰る頃は周りもすっかり明るいんだろうけど、気を付けて帰ってね。]
 またため息がこぼれた。
「なんかあったのか?」
 気遣わしくこちらを見つめる松田がいた。
 だめだ、こんなんじゃ。ちゃんとしなきゃ。
「いえ、なんでもないんです」
 結局さっきと同じ答えを返していた。
「なんか困ってるんんだらいつでも言えよ」
「はい」
 でも、こんなこと言えないよな……ああ、もう面倒くさい。今日もどっかで飲んでから帰ろう。
 店を出る頃には眩しい青空が広がっていた。確かに、今日も暑くなりそうだ。まだ6月半ばだと言うのに、すっかり夏の気配が漂っている。
 さて、どこへ行こうかと思ったものの、時刻はすでに5時に近く、この時間行ける場所は限られている。結局エルヒターノへ足が向いていた。
「お疲れ様です」
 外はすっかり朝日に包まれていると言うのに、エルヒターノの店内は薄暗い。そのカウンターの奥に相良の顔を見つけた。
「あれ?待ち合わせ?」
 結城の言葉に首を振りつつも相良の隣の席に着いた。
「お疲れ、遅かったんだね」
「うん、ちょっと片付けに手間取っちゃって。来たばっかり?」
「そう、まだ一杯目」
 グラスのビールはまだ7分目程の量が残っている。私もビールを頼み、早速タバコに火をつけた。
「なんかあった?」
「え?」
 相良がちょっと訝しげな顔をしている。
「なんで?」
「ん……いや、なんでもない」
 なんだろ、なんか私変なことしたかな……?
「紗月ちゃんはこう見えてけっこう短気だからねー」
 結城がニヤニヤ笑っている。
「なんですか、それ。しかもこう見えてって」
 睨むようにして答えると、ニヤニヤが苦笑に変わる。
「ほら、そういうところが短気なんだって」
「べつに、本気でこれは怒ってるわけじゃないし」
 私にも苦笑が伝染する。
「でも、今日はちょっとイライラしてるよな」
「……そんなことないですよ」
 反論しきれない。
「紗月ちゃんはいつも頼んだ飲み物が来て、乾杯してからタバコに火をつけるからね」
 そうだったかな?自分でもそんなこと気がついてなかった。
「なんかあった?」
 また同じ科白を相良くんに繰り返された。
「いや、ちょっと……相性の悪いお客さんがいて……」
「ああ。それはけっこうしんどいよな」
 相良くんがつぶやくように言った。
「しかし、相楽もよく気がついたよな」
 また結城さんがニヤニヤ笑い始めた。
「いや、べつに。なんとなく」
 ……気にかけてくれたのかな?
「ごめんね、気遣わせて」
「え?あ、いや。……飲むか」
「うんっ、そうだね」
 やっとちゃんと笑えたような気がした。
「だからって、そんな急に全部飲み干すか?」
 一息にビールを飲み干した私を見て、呆れたように結城さんと相良くんが笑った。
「ま、何があったかは知らないけど、元気出せよ」
 くしゃっと頭を撫でられると、なんだか胸の奥がくすぐったい感じがした。
「しかし、この短期間で仲良くなったもんだな」
 結城さんの言葉に顔を上げた。
「紗月ちゃん、人見知り激しいしさ」
「え?」
 相良君が怪訝な顔をした。
「人見知り?」
「そうだよー。ここでよく顔を合わせるような人とでもちゃんと会話するようになるまでかなりかかるし」
 笑いながらそんなことを暴露されて、顔が赤くなるのに気がついて俯いてしまう。
「誰かの隣にすわるような状況になればすぐ帰るし、来た段階でそうんな状況だと飲んでいかないしな」
「そうなの?」
「んー……そうだね」
 相良くんが意外そうな顔をしている。
「ま、人当たりはいいから、あんまり知られていないかもしれないけどね」
 でも、たしかに普段だったら考えられない。何度も顔を合わせているお客さんとだってこうやって一緒に飲むなんてことなかったし。なんで、相良くんは平気 だったんだろう。同業者だから……?いや、そんなの関係無い。同業者だって、はじめましての人はみんな苦手だ。
「それこそ相良くんのほうが人当たりいいんですよ。だから、たぶん平気だったんだと思う」
「俺別に人当たりいいほうだとは思わないけど。どっちかといえば無愛想なんじゃない?」
「そんなことないっ」
 即答した私に相良君も結城さんもちょっと驚いている。
「あ……ごめん。でも、そんなことないと思うよ。相良くんはお話しやすいし」
 なんか、調子くるうな。私なにドキドキしちゃってるんだろ。恥ずかしい……
「なにこの少女漫画みたいな流れ」
 ははん、と結城さんに笑われた。
「なんですか、それ」
 相良くんが呆れたように笑う。
「あ、ところで……」
 相良くんが漫画の話を結城さんに振った。話が変わったことにちょっとホッとする。
 どうしよう……私もしかしたら相良君のことが好きなのかもしれない。そう思った瞬間、カバンが震えた。
「ん?電話?」
 一気に気分が沈むのが分かった。
 [まだ仕事中ってことはないよね?どっかで飲んでたりするのかな?あんまり飲みすぎちゃダメだよ]
「清瀬?」
「あ、ごめん。たいしたことじゃなかった」
「そうなの?」
「ん……」
 もう嫌だ。毎日何通も届くメール。ほぼ毎日のように店を訪れる紺野博史の顔がチラつく。
 にこやかな笑顔で話題も豊富な紺野に交換を持っていなかったわけではない。でもそれは好意ではなく、ただの好印象。なのに……なんでこんな風になっ ちゃったんだろう。
 最初は気さくなお兄さんという印象だった。Andy毎年恒例のバーベキューをした頃まではそれは変わらなかった。そうだ、あの時に連絡先の交換をし て……、それからか。それでもまだその頃は店を出た後にごちそうさまという内容のメールが送られてくるだけだった。
 それがいつからか、[おはよう、今から出勤するところです]とか[雨が降ってきたよ。洗濯物とか大丈夫?]などというような内容に変わってきた。
 特に何か特別な好意を告げられたわけでもないが、逆にそのせいでこちらの対応が決められないでいる。
「…せ?清瀬?」
「え?」
「どうした?俺そろそろ帰るけど、まだ飲んでくの?」
「あ……私もそろそろ」
 外へ出ると、来るときとは打って変ってどんよりとした分厚い雲がたちこめていて、更に気分を沈ませた。
「清瀬?」
「ん?」
「大丈夫?」
「え?なにが?」
「いや、今日ずっとなんかへん」
「へんって……」
 笑ってごまかそうとしたけど、相良くんが思いのほか真剣な顔をしていてできなかった。
「ごめん、ちょっと考え事してて」
「まあ色々あったりするだろうけど。俺になにかできることがあったらいつでも言って。って、たいしたことはできないけど」
「ううん、ありがとう。でも、大丈夫だよ」
「そう?」
「うん」
「わかった。じゃあ、またな」
 そう言って、額をコツンと軽く小突き、地下鉄の入り口へと向かって行った。
 ……相良くん。ありがとう。でも、これはちゃんと自分でなんとかしなきゃ。

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