フォーリンラブ - Satsuki Side - : page 03

 結局、何の打つ手もないまま時間ばかりが過ぎ、一日に20通以上のメールは毎日変わらず届き憂鬱な気分も相変わらずだった。
 そして、相良君がくる月曜日を心待ちにしている自分に気がつき、自分の中に相良君への好意があることを自覚した。
[7月7日(月)に七夕イベントをやりまーす。って今日なんだけどねー。ドリンクは全部半額!ただし。カップル限定です。といっても、必ずしもお付き合い している人じゃなくてもいいよー。男女ペアということで。篠森も入るから、ぜひぜひ紗月ちゃんも遊びに来てね☆]
 緑川さん……私に彼氏いないって知っててこのメールですか。その前に今日仕事だし。
 その前に。カップル限定……?
 紺野さんから聞いてこのイベントについては知ってはいたけど。あれ断るのも面倒だったんだよな。断ってよかった。
「ね、紗月ちゃん、緑川さんから七夕のイベントのこと聞いた?」
「七夕のイベントですか?」
 やけにニコニコしながら紺野さんが話しかけてきた。ちょうど客足が途切れ、カウンターには紺野さんひとり。こういう状況になると紺野さんはいつも何かお 誘いをしてくる。
「いえ、なにも。最近あまりatticにも行ってなかったし」
「あ、そうなんだ。七夕のイベントでドリンク半額で7日にやるらしいんだよ。行かない?」
「7日って……月曜日じゃないですか。私仕事ですよ。atticには間に合いませんよ」
「えー、たまには早上がりとかいいんじゃない?ねえ、松田さん」
「え?まあ、暇だったら別に構わないけど」
 ちょっと松田さん。ここはダメって言ってくださいよ……
「だめですよ。そんな不確定な状態で約束なんてできません」
 ちょっと強めに言ってみる。
「そっかー。紗月ちゃんは真面目だな。じゃあ今回は欠席の連絡しておくか」
 わざとらしくこちらを見てくる紺野さんの溜息は聞こえないフリをして、グラスの洗い物を続けた。
 なんだって、紺野さんはあんなに私を誘うんだろう……帰り際にまだダメ押しで聞いてきたし……
「やっぱり行けない?」
「さっきも申し上げました通り、行けるか行けないかも分らないのに約束はしません」
 言葉がやけに慇懃に響いた。
「やっぱりかあ。ま、そういうところが紗月ちゃんのいいところだね」
「はあ、ありがとうございます」
 そのやり取りを見ていた松田さんに後から、別に早上がりにしてもいいんだぞと言われ、この人は本当に何も気がついてないんだなとまたちょっと気分が沈ん だ。
 紺野さんは松田さんに絶大の信頼をもたれている。振舞いは紳士的出し、お酒の飲み方もスマートだし。私もいい人だとは思うんだけど、でも時折見せる、絡 みつくような視線に気がついてからはそれが気持ち悪くて、なんだか怖かった。
 そうだ、怖いと思い始めた頃から、届くメールが増え始めたんだ。松田さんにはそのことは言ってない。
 当日の今日、またダメ押しで紺野さん来たりしたらイヤだなあ。
 そんなことを考えながら出勤してみれば、月曜日というのに早い時間から来店者が相次ぎ、バタバタした状態のときに紺野さんが来た。
「なんか今日は賑やかだね」
「ああ、なんでだかね」
 紺野さんと松田さんのやり取りを横目に私はホッと一息ついた。この状態なら早上がりも無理だし、さすがに紺野さんも誘ってはこないだろう。それに混み 合っていると、短時間で切り上げて帰る。
 案の定、3杯目を飲み干すと、たまには早く帰宅すると言ってまだにぎやかな店を後にした。その後一組、また一組みと帰りはじめ、23時をすぎる頃には ノーゲストとなってしまった。
「やけにキレが早かったですねー」
 私が言うと、松田さんもちょっと困ったような顔で笑う。
「まあ、月曜日だしな。前半の混み形がむしろ不思議だよ」
「確かに」
 私も笑顔を返し、すべてのグラスを拭き上げるとやることがなくなってしまたため、ボトルを磨くことにした。こういった作業は営業前にもするが、今日は オープン準備中から入店があったため、中途半端になってしまっていた。
「清瀬、それ片づいたら上がっていいぞ」
「え?」
「いや、あの流れだとこの後誰か来てもたかが知れてるし。っていうか、今日きそうな奴、もう全員来た」
 確かに松田さんの言う通り、普段来そうな人が今日はなぜか前半に集中した。この後誰か来たとしても、同業者くらいだろう。その一人、相楽くんの顔が思い 浮かぶ。
「でも……」
「今日はあと来ても相良くらいじゃないか」
 この人って、本当に鈍いよね……。だから私上りたくないんだけど。まあ、でもこの状況じゃ仕方ないか。
「わかりました、じゃこれ終わったら」
 0時かあ。どうしようかな、時間も中途半端だし。店を出た後、ちょっと迷う。それこそ紺野さんが言ったように、たまには早く帰宅するっていうのもアリだ けど……
[そっか、仕事じゃ残念。篠森も紗月ちゃんに会いたがってたんだ。突然誘っちゃってごめんねー]
 なんとなく取り出した携帯がメールを受信していた。緑川から勤務中に届いたのだろう。
 そうだ。紺野さんは帰ったって言うし、この時間なら間に合うかも。そう思ってazzurroに向かった。
 azzurroはそれほど混んでいるわけでもなく、カウンターには女性客が一人いたけど、相良君がにこやかに出迎えてくれた。
「今日休み?」
「ううん、暇だったから、早上がりなの」
 そう言って口にしたビールが半分に減った。
「なに、喉乾いてたの?」
「うん、話好きの人が居て、ずっと喋りっぱなしだったから」
 それは前半だけで、その後ほとんど無言で作業していたから、なんだけどね。
「そう、それでお誘い。今日、相良くんも早上がりの日でしょ?」
 最初に切り出してみた。
「お誘い?」
「うん。あ、用事あったり、Andy行くつもりだったりとかならいいんだけど……」
「いや、特に決めてるわけじゃないから……」
「よかった、じゃあ、attic行かない?」
「緑川さんとこ?なんかあるの?」
「うん、七夕イベントで今日は篠森さんも入ってるんだって。しかも半額なの」
「半額って思い切ったな」
「でしょ。でもね、カップル限定なんだって。男女の組み合わせじゃないとだめよーって緑川さんに言われて。意地悪だよね、そんな相手いないの知ってるくせ にわざわざそう連絡よこしたんだよー」
 思わず顔が膨れる。でも、突然こんなお誘いって嫌がられないかな……そう思ってちょっと不安になった。
「清瀬なら、誰誘っても行ってくれるんじゃない?」
 それってどういう意味だろう。やっぱり迷惑だったかな……
「そんなことないし。それに誰かと一緒に飲むなら、一緒に飲んで楽しい人がいいもん」
「それで、俺?」
「うんっ」
 返事が力いっぱいになっちゃったことに気がついて顔に血がのぼる。
「いいよ、俺あと30分くらいで上がりだから、そのまま飲んで待ってて」
 相良くんが小さく笑いながらそう答えた。
「ありがとう」
 よかった。嫌がられてはいない、かな?
 ちょうどその時、カウンターに座っていた女性がお代わりを頼んで、相良くんとの話は中断された。
 いくつか席を空けたその女性の手が目に入った。
 爪、キレイにしてるなー。いいなあ、飲食やってたら爪なんて伸ばせないもんな……
 自分の指先を見つめた。短くきり添えられた爪。マニキュアも似合わないよね、こんな爪じゃ。
 ふうとため息を付いてビールに口をつける。なんとなく視線を感じた方を見やったら、睨むように私を見ていたその女性と目があった。
 なんだろう。知ってる人っていうような見方じゃないような気もするけど。
 でも、どっかであったとか、うちのお客さんの連れだったりするかもと思い会釈した。その途端ぷいっとそっぽを向かれた。
 なんだろう……
 相楽くんが移動するに合わせ彼女の目が相良君を追いかけてる。
 ああ、そういうことか。どうしよう、私何にも考えないで誘っちゃった。これじゃ紺野さんと同じじゃない……
「じゃ、俺あと途中日報書いて上がるから待ってて。なんか飲んでる?」
 いいのかなあ。
 返事に困っていたら、重ねて「どうする?飲んで待つ?」と聞かれたから、とりあえずエライジャ・クレイグをストレートで頼んで、待つことにした。
 相良くんが早上がりなのは毎週のことだし、一緒に店を出なければ、大丈夫かな。
 でも、待っている間、その女性の視線はずっとこちらに向けられていて、居心地が悪かった。
「ごめん、お待たせ」
 着替えを済ませた相良くんが私の隣にいつの間にか立っていた。
「あ、ごめんね、こっちこそ」
「いや?じゃ、行こうか」
 なんでもないような口調に私がちょっと焦る。
「あ、でも別々に出たほうがいいんじゃない?」
「なんで?」
 意味がわからない、という顔だった。
「いや、他のお客さんの手前、とか?」
「なんで清瀬が疑問系なんだよ。そんなの別にないから。行くぞ」
「あ、はい」
 小林さんにごちとうさまを言って追いかけるように店を出た。
「ね、本当に大丈夫だったの?」
「なにが?」
「あのカウンターにいた人とか、気にしてたっぽいし……」
「ああ」
 嫌そうに顰められた顔にびくっとする。
 相良君もこんな表情するんだ……
「この前さ、清瀬が相性悪いお客さんがいるって言ってただろ」
「うん」
「俺にとってはあの人が相性の悪いお客さん」
 そういうことか……でも、真に受けていいのかな?
「だから、むしろ今日は清瀬が来てくれて助かった」
 うわ、それ反則。
 普段あまり表情を崩さない、相良くんの極上の微笑みを見た。

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